Column
2026/10/05
企業法務
利益相反取引とは、社長所有の不動産を会社が借りる、会社が社長にお金を貸すなど、取締役と会社の利害が対立する取引のことです。中小企業でも日常的に発生し、取締役会や株主総会の承認を欠くと取引の無効や役員の損害賠償責任につながります。本記事では、該当する取引の見分け方と、御社で今日から整えるべき承認手続・記録の残し方を整理します。
会社法は、取締役が自分自身や第三者の利益のために会社と取引することを「利益相反取引」として規制しています(会社法356条1項2号・3号)。取締役は会社の業務執行を決める立場にあるため、自分に有利な条件で取引を進め、会社に損害を与えるおそれがあるからです。
大企業の不祥事の話と思われがちですが、実際にはオーナー経営の中小企業ほど利益相反取引が日常的に発生しています。代表的な例は次のとおりです。
いずれも「身内の取引だから問題ない」と考えて手続を省略しがちですが、後に株主構成が変わったときや、事業承継・M&Aの際のデューデリジェンスで問題として浮上するケースが少なくありません。
利益相反取引は、大きく「直接取引」と「間接取引」に分かれます。どちらに当たるかで、後に問われる責任の重さも変わるため、区別を押さえておくことが重要です。
取締役が、自己または第三者のために会社と直接取引をする場合です。社長と会社の間の不動産賃貸借や金銭消費貸借、役員への資産売却などが典型です。また、社長がA社とB社の代表取締役を兼ねていて、A社とB社が取引をする場合も、両社にとって直接取引に当たり得ます。
会社が取締役以外の第三者との間で取引をするものの、その効果として取締役の利益になり会社の不利益になる取引です。最も典型的なのは、社長個人の借入れについて会社が保証人になるケースです。契約の相手方は金融機関であっても、実質的には社長のために会社がリスクを負うため、利益相反取引として承認が必要になります。
会社に不利益が生じるおそれがない取引、たとえば役員から会社への無利息・無担保の貸付けや、普通取引約款に基づく定型的な取引(役員が自社サービスを一般顧客と同じ条件で利用する場合など)は、承認不要と解されています。また、判例上、株主全員の同意がある場合も承認は不要とされています。ただし、判断に迷う取引は承認を得ておく方が安全です。
利益相反取引を行う場合、会社の機関設計に応じて次の承認が必要です。
承認を得る際には、取締役はその取引について「重要な事実」を開示しなければなりません。取引の相手方、目的物、数量、価格、支払条件、期間など、承認するかどうかを判断するのに必要な情報です。たとえば役員所有物件の賃貸借であれば、賃料が近隣相場と比べて妥当であることを示す資料を添えておくと、後の紛争予防になります。
取締役会での承認決議では、その取引の当事者となる取締役は「特別の利害関係を有する取締役」として議決に加わることができません(会社法369条2項)。定足数・決議要件の計算からも除外されるため、取締役が少人数の会社では、決議が成立するかを事前に確認しておく必要があります。
取締役会設置会社では、利益相反取引をした取締役は、取引後遅滞なく、その取引の重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(会社法365条2項)。事前承認と事後報告の両方を議事録に残すことが基本です。
毎月の賃料支払いや継続的な商品取引のように同種の取引が反復する場合、取引の種類・期間・金額の上限などを特定したうえで包括的に承認することも、実務上は認められると考えられています。ただし、条件が変わった際(賃料改定や契約更新など)には改めて承認を取り直すのが安全です。
承認手続を省略した場合、会社と役員の双方に重大なリスクが生じます。
承認を得ずに行われた利益相反取引は、会社と取締役との間では無効とされます。第三者が関与する間接取引(会社の保証など)では、相手方が承認のないことを知っていた場合に限り、会社は無効を主張できるとされています。つまり、金融機関は取締役会議事録の提出を求めるのが通常であり、議事録がなければ融資自体が進まないこともあります。
利益相反取引によって会社に損害が生じた場合、取引をした取締役や、取引を決定した取締役、承認決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定されます(会社法423条3項)。承認を得ていても責任が免れるわけではない点に注意が必要です。さらに、自己のために直接取引をした取締役は、「責めに帰することができない事由」があっても責任を免れることができません(会社法428条1項)。
オーナー経営の間は問題にならなくても、後継者への承継、少数株主の出現、M&Aによる株式譲渡の場面で、過去の役員取引が調査対象になります。相場より高い役員所有物件の賃料や、返済されていない役員貸付金が見つかれば、買収価格の減額や表明保証違反の問題に発展しかねません。
過去の取引について承認手続が不十分だった可能性がある場合は、追認決議の要否も含めて早めに専門家へ確認しておくことをおすすめします。企業法務を専門とする担当弁護士のご紹介もご参照ください。
利益相反取引と並んで注意すべきなのが「競業取引」です。取締役が自己または第三者のために、会社の事業の部類に属する取引をしようとするときも、取締役会または株主総会の承認が必要です(会社法356条1項1号、365条1項)。
中小企業では、次のような場面で問題になりやすい傾向があります。
承認なく競業取引が行われ会社に損害が生じた場合、その取引によって取締役や第三者が得た利益の額が、会社の損害額と推定されます(会社法423条2項)。損害額の立証が容易になるため、役員と会社が対立した場面では大きな争点になります。グループ経営をしている御社では、各社の事業範囲と役員兼任の状況を一覧化し、必要な承認を取っておくことが重要です。
利益相反取引の管理は、特別なシステムがなくても、次のような基本的な仕組みで大きくリスクを下げられます。
まず、現在継続している役員・役員親族・役員が支配する会社との取引をすべてリストアップします。賃貸借、貸付金・借入金、保証、業務委託、物品売買などを対象に、契約書の有無、承認の有無、取引条件の妥当性を確認してください。
取締役会規程や職務権限規程に、利益相反取引・競業取引の承認手続を明記します。「役員関連の取引は、契約締結前に総務・法務担当へ申告する」という運用ルールを設けるだけでも、手続漏れは大幅に減ります。
承認決議の議事録には、取引の重要な事実、特別利害関係取締役が決議に参加していないこと、条件の妥当性を検討した経緯を記載します。不動産鑑定や近隣相場の資料、金利の根拠なども一緒に保存しておくと、後の説明責任を果たしやすくなります。
役員との取引こそ、口約束ではなく第三者との取引と同じ水準の契約書を作成すべきです。賃料改定や解約条件、貸付金の返済期限・利率などを明確にしておけば、役員の交代や相続が生じた場合にも紛争を防げます。
年に一度、定時株主総会や決算のタイミングに合わせて、役員関連取引の一覧を更新し、条件の見直しと承認状況のチェックを行う運用をおすすめします。
利益相反取引の規制は、役員を縛るためのものではなく、会社と役員の双方を守るための仕組みです。適切な手続と記録を残しておけば、将来の事業承継や資金調達、M&Aの場面でも安心して説明できる状態を保てます。自社の手続に不安がある場合や、過去の取引の扱いを確認したい場合は、法律事務所LeONEについてのページで当事務所の取り組みをご覧いただくか、無料相談のお問い合わせからお気軽にご相談ください。