Column
2026/10/08
企業法務
公益通報者保護法の改正により、通報者を特定しようとする行為の禁止、通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰、フリーランスの保護対象化などが新たに加わります。本記事では、御社が施行前に見直すべき内部通報体制・社内規程・取引先対応の要点を、優先順位とともに整理します。
公益通報者保護法は、企業の法令違反を通報した労働者等を解雇などの不利益から守り、企業の自浄作用を高めるための法律です。2022年の改正で、常時使用する労働者が300人を超える事業者には内部通報体制の整備が義務付けられ、300人以下の事業者にも努力義務が課されました。
しかし、その後も「通報者が社内で特定されて報復を受けた」「通報窓口が形だけで機能していない」といった事案が相次ぎ、制度の実効性が課題とされてきました。こうした背景から、2025年6月に改正法が成立し、2026年12月に施行される予定です。
つまり今回の改正は、「窓口を作ったかどうか」から「通報者を実際に守れているかどうか」へと、企業に求められる水準を一段引き上げるものです。
企業にとって最も影響が大きいのは、刑事罰の新設と立証責任の転換です。
改正法では、公益通報をしたことを理由に通報者を解雇し、または懲戒処分を行った場合、行為者には6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人には3,000万円以下の罰金が科され得ます。これまで不利益取扱いは主に民事上の無効や損害賠償の問題でしたが、今後は経営者や人事担当者個人が刑事責任を問われる可能性があるという点で、性質が大きく変わります。
さらに、通報から1年以内に行われた解雇・懲戒は、公益通報を理由とするものと推定されます。これにより、紛争になった場合は企業側が「通報とは無関係の正当な理由による処分であった」ことを立証しなければなりません。
実務上の問題は、通報者が別の理由で問題行動を起こしていた場合です。たとえば勤怠不良や業務上のミスを理由に懲戒を検討していたところ、本人が直前に内部通報をしていたというケースは珍しくありません。このような場合でも、処分の根拠となる事実を客観的な記録で残しておくこと、通報の前から指導・注意を行っていた経緯を示せることが極めて重要になります。
たとえば、営業部の社員が「上司が架空の売上を計上している」と社内窓口に通報し、その3か月後に、以前から問題視されていた遅刻の多さを理由に減給の懲戒処分を受けたとします。会社としては通報とは無関係の処分のつもりでも、遅刻について過去に注意した記録がなく、処分の時期が通報後に集中していれば、通報への報復と推定され、会社側がそれを覆すのは容易ではありません。処分が無効とされるだけでなく、刑事告発や報道によって企業名が公になるリスクもあります。
このような事態を避けるには、懲戒処分の決定プロセスに「直近1年以内の通報の有無」を確認する手順を組み込み、該当する場合は処分理由と証拠の十分性を第三者的な視点で検証することが有効です。その際、確認作業自体が通報者の情報漏えいにつながらないよう、従事者である法務・コンプライアンス担当者だけが照合を行う設計にしておく必要があります。
常時使用する労働者が300人を超える事業者は、内部通報体制の整備と「公益通報対応業務従事者」(以下「従事者」)の指定が法的義務となっています。改正後は、この義務を怠った事業者に対して行政が勧告・命令を行い、命令に従わない場合には罰則が科され得るほか、立入検査の対象にもなります。
300人以下の中小企業は体制整備が努力義務にとどまりますが、通報者の探索禁止や解雇・懲戒への刑事罰は企業規模にかかわらず適用されます。むしろ規模が小さい企業ほど「誰が通報したか」が推測されやすく、悪意がなくても探索とみなされる行動をとってしまうリスクがあります。窓口を社外の弁護士などに委託することは、通報者の匿名性を確保するうえで有効な選択肢です。
内部通報窓口の外部委託や規程の整備についてご検討中の場合は、法律事務所LeONEについてのページで、当事務所の企業法務の取り組みをご覧いただけます。
改正法では、業務委託契約に基づいて御社の業務に従事するフリーランスも、公益通報者として保護されるようになります。契約終了後1年以内の者も対象となる点に注意が必要です。
フリーランスが御社の法令違反を通報したことを理由に、契約を解除したり、発注量を減らしたり、報酬を減額したりすることは禁止されます。現場の担当者が「面倒な外注先だから切りたい」と考えて取引を打ち切った結果、それが通報への報復と受け取られて紛争になるリスクがあります。
フリーランスとの日常的なやり取りは、法務部門ではなく現場の発注担当者が行っていることがほとんどです。担当者が「通報されたから取引を見直す」と口にしただけでも、後に紛争となった際には報復の証拠とされかねません。発注部門向けに、通報を受けた外注先への対応ルールを簡潔にまとめたマニュアルを用意し、取引条件の変更は必ず上長や法務の確認を経る運用にしておくと安心です。
フリーランス新法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)との関係でも、発注企業には書面明示や中途解除の予告などの義務があります。両方の法律を踏まえて、自社の業務委託契約書のひな形を一度点検しておくことをおすすめします。
制度を整えても、実際に通報があった際の対応を誤れば、通報者の保護が損なわれるだけでなく、企業の責任が重くなります。初動で押さえるべき流れは次のとおりです。
通報を受け付けたら、通報者の氏名や所属などの情報にアクセスできる者を従事者に限定します。調査の過程で関係部署に事情を聞く場合も、通報者が推測されないよう、聴取の順序や質問の仕方を工夫します。
通報内容が公益通報に該当するか、調査が必要かを判断します。役員が関与している疑いがある場合は、社外取締役や外部の弁護士を中心とした調査体制を組むことが望ましいでしょう。
メール、会計データ、契約書などの客観的資料を先に保全し、そのうえで関係者へのヒアリングを行います。ヒアリングの順序を誤ると証拠隠滅を招くおそれがあります。
法令違反が確認された場合は是正措置と再発防止策を講じ、通報者には支障のない範囲で調査結果や対応状況を伝えます。フィードバックがないと、通報者は社内で解決されないと判断し、行政機関や報道機関への通報に切り替える可能性が高まります。
これらは善意からであっても、改正法のもとでは探索や通報妨害、不利益取扱いと評価されるおそれがあります。
最後に、改正公益通報者保護法の施行に向けて、御社で確認しておきたい項目を整理します。
内部通報制度は、不祥事の芽を早期に摘み取り、行政処分や報道による信用失墜を防ぐための経営インフラです。改正法への対応を「罰則を避けるための負担」ではなく、「自社のリスクを早期に把握する仕組みづくり」と捉えることで、制度を実効性のあるものにできます。
規程の改定や社外窓口の設置、通報後の調査対応についてご不安がある場合は、企業法務に精通した弁護士にご相談ください。担当弁護士のご紹介もあわせてご覧のうえ、無料相談のお問い合わせからお気軽にご連絡いただければ、御社の規模や業種に応じた体制づくりをご提案いたします。