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事業承継M&Aで見落とされやすいデューデリジェンスの落とし穴――中小企業経営者が知っておくべき法務リスク

2026/04/27

労働法

事業承継M&Aで見落とされやすいデューデリジェンスの落とし穴――中小企業経営者が知っておくべき法務リスク

1. はじめに――なぜ事業承継M&Aでデューデリジェンスが重要なのか

後継者不足に悩む中小企業経営者にとって、M&A(合併・買収)は事業承継の有力な選択肢です。第三者への会社売却や他社との統合によって、長年育ててきた事業を存続させ、従業員の雇用を守ることができます。しかし実務の現場では、デューデリジェンス(Due Diligence、以下「DD」)の不備が原因で、M&A成立後に深刻なトラブルに発展するケースが後を絶ちません。

DDとは、買い手が対象会社の財務・法務・労務・税務などの実態を調査・検証するプロセスです。売り手にとっても「開示すべき情報を正確に提示する義務」があり、この段階での準備不足や見落としが、後日の損害賠償請求や契約解除につながることがあります。

本記事では、事業承継M&Aにおいて中小企業経営者が特に注意すべき法務DDの落とし穴と、その対処法を弁護士の視点から解説します。

2. 落とし穴①――契約書類の不備・散逸

中小企業では、長年の取引関係から口頭での合意や、契約書を作成せずに取引を続けているケースが珍しくありません。DDの段階で買い手側の弁護士がこれを発見すると、交渉が一気に不利になります。

よくある問題事例

  • 主要取引先との契約書が存在しない、または失効している:長年の信頼関係に依存した取引は、M&A後に取引先が離れるリスクが高まります。
  • 不動産の賃貸借契約に「オーナーチェンジ条項」がある:会社の経営者が変わった場合に賃貸借契約が解除される条項が含まれていると、M&A後に事業所を失うリスクがあります。
  • 重要な取引契約に「チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項」がある:株主が変わった場合に契約解除・価格変更ができる条項です。主要仕入先や販売代理店との契約に含まれていると、M&A後に事業基盤が崩れることがあります。

対策:M&Aを検討し始めた段階で、自社の重要契約書を棚卸しし、失効・紛失しているものを再作成・更新しておくことが重要です。特にCOC条項の有無は早期に弁護士に確認させてください。

3. 落とし穴②――労務リスクの見落とし

財務DDと比較して軽視されがちなのが労務DDです。しかし、未払い残業代や労働基準法違反は、M&A成立後に買い手が引き継ぐリスクとなり、表明保証違反として損害賠償請求の対象になります。

中小企業に多い労務リスク

  • 固定残業代制度の設計ミス:「月〇時間分の固定残業代込みの給与」という制度を導入している場合でも、要件を満たさなければ未払い残業代として請求されます。DDで発覚すると企業価値が大幅に下がります。
  • 従業員の労働契約書が整備されていない:口頭雇用や雇用条件通知書のみでの採用は、後のトラブルの原因です。
  • ハラスメント問題の潜在リスク:過去のハラスメント事案が未解決のまま放置されていると、M&A後に顕在化するリスクがあります。
  • 外国人労働者の在留資格管理の不備:適切な在留資格のない外国人を雇用していた場合、不法就労助長罪に問われる可能性があります。

対策:売り手側は事前に社会保険労務士・弁護士と連携して労務監査(労務DD自主点検)を行い、問題点を把握・是正しておくことを強くお勧めします。

4. 落とし穴③――知的財産権の帰属問題

ソフトウェアや技術・ノウハウ、ブランドなどの知的財産がM&Aの主要な価値であるケースでは、その知的財産権が本当に対象会社に帰属しているかを慎重に確認する必要があります。

特に問題となりやすいケース

  • システム開発を外注した際の著作権:外注先に著作権が残っており、買い手が想定した形で使用できないケースがあります。契約書に著作権の移転条項が明記されていないと、この問題が生じます。
  • 創業者個人が商標を保有しているケース:会社名や商品名の商標が代表者個人の名義になっており、会社に移転されていない場合、M&A後の使用が制限されます。
  • 従業員が持ち込んだ技術・ノウハウの帰属:過去の転職者が前職の技術・ノウハウを持ち込んでいた場合、前職企業から差止・損害賠償を請求されるリスクがあります。

対策:自社が保有する知的財産を一覧化し、権利の帰属・登録状況を確認するIPアセスメントをM&A前に実施しましょう。弁護士・弁理士との連携が不可欠です。

5. 落とし穴④――表明保証条項の設計ミス

M&Aの最終合意書(株式譲渡契約書等)には、通常「表明保証条項」が設けられます。売り手が「この会社の情報は正確・完全である」と保証するもので、違反があった場合には損害賠償義務が生じます。中小企業のM&Aでは、この条項の設計や交渉を疎かにしたために、後日多額の賠償請求を受けるケースがあります。

売り手が特に注意すべき点

  • 保証範囲を広げすぎない:買い手が要求するまま広範な表明保証を受け入れると、把握できていないリスクまで保証することになります。「開示書類記載の事項を除く」といった除外条項を適切に設けることが重要です。
  • 補償上限額(キャップ)と補償下限額(バスケット)の交渉:補償額に上限・下限を設けることで、予期せぬ損害賠償額を限定できます。
  • 保証期間の設定:表明保証の有効期間(通常1〜3年)を適切に設定し、無期限の保証義務を負わないようにします。

対策:売り手側も必ず弁護士を代理人として契約交渉に臨んでください。M&Aアドバイザー(仲介業者)は中立的な立場であり、売り手の法務リスクを守ることを専任の職務としているわけではありません。

6. 落とし穴⑤――許認可・行政規制への対応不足

業種によっては、事業継続に必要な許認可が経営者個人に紐づいているケースがあります。M&Aによって経営者が交代すると、許認可の効力が失われ、M&A後に新経営陣が許認可を取り直す必要が生じることがあります。

注意が必要な業種の例

  • 建設業:建設業許可は「専任技術者」の要件があり、その技術者が退職・転籍すると許可の維持が困難になります。
  • 介護・医療:指定事業者の要件や医療法人の規制があり、M&Aには行政への事前届出・許可が必要です。
  • 飲食業・風営法規制業種:食品衛生責任者や風俗営業許可は、経営者交代時に手続きが必要です。
  • 古物商・産業廃棄物処理業:許可の名義人が変わる場合、新たな許可申請が必要です。

対策:自社の事業に必要な許認可をリストアップし、M&A後も事業を継続できるかを事前に確認してください。行政窓口や専門弁護士への確認が欠かせません。

7. まとめ――事業承継M&Aを成功させるために

事業承継M&Aにおいて、デューデリジェンスは「企業の健康診断」とも言える重要なプロセスです。見落としや隠蔽は、後日の損害賠償・訴訟リスクを高めるだけでなく、交渉の信頼関係を根底から損ないます。

売り手として最も重要なのは、M&Aを決断したら早期に専門家チームを組成することです。弁護士・税理士・社会保険労務士・弁理士などの専門家が連携して、自社の問題点を事前に把握・是正することが、スムーズなM&Aと高い売却価格の実現につながります。

買い手としても、コストを惜しんでDDを簡略化することは禁物です。M&A後に発覚する問題は、取得価格を大きく上回る損害をもたらすことがあります。

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