Column
2026/07/27
M&A・事業承継
「息子や娘に継がせるつもりだったが、本人にその気がない」「社内に適任者が見当たらない」――こうした声は、もはや特別なものではありません。中小企業庁の調査でも、後継者が決まっていない中小企業は依然として高い割合を占めており、多くの経営者が「自分の代で会社をどうするか」という重い決断を迫られています。
かつては「後継者がいなければ廃業」というのが一般的な発想でしたが、近年は第三者への事業承継、すなわち「M&Aによる事業承継」が中小企業にとっても現実的な選択肢として定着しつつあります。従業員の雇用を守り、取引先との関係を継続し、経営者自身も引退後の生活設計を描くことができる――M&Aは、単なる「会社の売却」ではなく、事業と関係者を守るための手段でもあるのです。
本稿では、企業法務を専門とする弁護士の立場から、中小企業の経営者・管理職の方が第三者承継を検討する際に押さえておくべき法務上のポイントを、実務の流れに沿って解説します。
後継者不在の背景には、少子化による親族内承継の担い手不足だけでなく、「安定した会社員の方がよい」という価値観の変化、後を継ぐことへの経営リスクへの不安など、複合的な要因があります。従来の事業承継は「親族内承継」が主流でしたが、現在では次の3つの類型に整理されるのが一般的です。
このうち第三者承継は、後継者候補が社内外に見当たらない場合の「最後の手段」と誤解されがちですが、実際には、事業の成長や従業員の待遇改善につながる「前向きな選択」として活用されるケースが増えています。買い手企業の資本力やノウハウを活用することで、単独では実現できなかった事業拡大が可能になることも少なくありません。
第三者承継のメリットとしては、主に次の点が挙げられます。
一方で、経営者が見落としがちなリスクも存在します。特に注意すべきは次の3点です。
「思っていたより会社の価値が低く評価された」という相談は少なくありません。企業価値評価(バリュエーション)の考え方や、自社の強み・数字の見せ方を事前に整理しておくことが重要です。
M&Aの検討段階では、財務情報や取引先情報など機密性の高い情報を相手方に開示することになります。秘密保持契約(NDA)を締結しないまま情報交換を進めることは避けなければなりません。
基本合意後、独占交渉権(一定期間他社と交渉しない義務)を買い手に付与するケースが一般的ですが、この期間中に買い手が優位な立場を利用して条件を切り下げてくることがあります。基本合意書の段階で、価格の目安や重要条件をできる限り明確にしておくことが、後々のトラブル防止につながります。
一般的なM&Aによる事業承継は、次のような流れで進みます。それぞれの段階で経営者が意識すべき法務上のポイントを解説します。
M&A仲介会社と契約を締結する際は、以下の点を必ず確認してください。
仲介契約は雛形どおりに締結してしまいがちですが、内容次第では経営者に不利な条件が含まれていることもあるため、契約前に専門家によるチェックを受けることをお勧めします。
譲渡価格の目安、スキーム(株式譲渡・事業譲渡等)、独占交渉権の期間などを取り決めます。この段階では法的拘束力を限定的にする条項(独占交渉権や秘密保持を除き拘束力なしとする条項)を入れるのが通例ですが、どの条項に拘束力があるのかを曖昧にしないことが重要です。
買い手による財務・法務・税務等の調査です。売り手側としては、未払残業代、労務トラブル、契約書の不備、許認可の瑕疵などが発覚すると、価格の減額や交渉の白紙化につながるおそれがあります。DDが始まる前に、社内で「開示すべきリスク」を洗い出し、必要な是正を行っておくことが望ましいでしょう。
最終契約書では、表明保証条項(会社の状況について真実であることを保証する条項)や補償条項(表明保証違反があった場合の損害賠償義務)が特に重要です。表明保証の範囲や期間、補償の上限額(キャップ)や下限額(バスケット)の設定によって、譲渡後に経営者が負うリスクの大きさが大きく変わります。専門家の助言を受けながら、譲渡後に想定外の請求を受けないよう条件を精査する必要があります。
M&Aを進めるうえで経営者が最も気を配るべきは、従業員と取引先への配慮です。
従業員に関しては、株式譲渡の場合、雇用契約は原則としてそのまま買い手企業の傘下に維持されますが、事業譲渡の場合は個別の雇用契約の承継手続が必要になり、従業員の同意取得が求められる場面もあります。情報開示のタイミングを誤ると、動揺による離職や生産性低下を招くおそれがあるため、契約締結の目処が立った段階で、経営陣からどのように説明するかを事前に計画しておくことが重要です。
取引先についても、契約書に「チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)」、すなわち会社の支配権が変動した場合に契約相手方が契約を解除できる旨の条項が含まれていないか、事前に確認しておく必要があります。主要な取引契約にこの条項がある場合、譲渡実行前に取引先の承諾を得る手続が必要になることがあります。
後継者不在という課題に直面した際、第三者承継(M&A)は、廃業を回避し、従業員の雇用と取引先との関係を守りながら、経営者自身も新たなステージへ進むことができる有力な選択肢です。しかし、仲介契約の内容、基本合意書の拘束力、デューデリジェンスへの対応、最終契約における表明保証・補償条項など、法務面で検討すべき事項は多岐にわたります。準備不足のまま進めてしまうと、想定外の減額や紛争につながりかねません。
事業承継やM&Aを検討し始めた段階から弁護士が関与することで、契約条件の交渉力を高め、将来のトラブルを未然に防ぐことができます。自社の後継者問題やM&Aによる事業承継について具体的にお悩みの方は、ぜひLeONE法律事務所へお気軽にお問い合わせください。初回相談は無料です。
また、契約書レビューやデューデリジェンス対応、M&A仲介契約のチェックなど、企業法務に関するサービス全般については企業法務サービスの詳細はこちらからご確認いただけます。