Column
2026/09/01
企業法務
中小企業でも「名ばかり取締役」が善管注意義務違反を理由に、株主や会社から高額な損害賠償責任を問われる事例が増えています。本記事では取締役の善管注意義務の内容と、企業が整えるべき体制のポイントを解説します。
取締役の善管注意義務とは、会社法330条が準用する民法644条に基づき、取締役が会社に対して「善良な管理者の注意をもって」職務を遂行しなければならないとする義務です。単なる努力目標ではなく、法律上の義務であり、これに違反した場合は会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります(会社法423条)。
あわせて取締役には「忠実義務」(会社法355条)も課されており、会社の利益を犠牲にして自己や第三者の利益を図ってはならないとされています。善管注意義務と忠実義務は実務上ほぼ一体のものとして扱われ、取締役の職務執行全般を律する基本原則となっています。
重要なのは、この義務が取締役として登記されている以上、常勤・非常勤や実際の関与度合いにかかわらず等しく課されるという点です。役員報酬の多寡や実務への関与の有無は、義務の存否そのものには影響しません。
善管注意義務の水準は「その地位・状況にある通常人に期待される注意」を基準に判断されます。つまり、代表取締役であるか非常勤取締役であるか、上場会社であるか中小企業であるかによって、期待される注意の内容や程度は変わり得ますが、義務そのものが免除されるわけではありません。中小企業だからといって注意義務のハードルが著しく下がるわけではない点は、経営者が誤解しやすいポイントです。
中小企業では、親族や創業メンバーへの配慮、金融機関からの信用力確保、あるいは単なる名義貸しといった理由で、実質的な経営判断にほとんど関与しない「名ばかり取締役」を置いているケースが少なくありません。しかし、こうした事情は善管注意義務違反の責任を否定する理由にはなりません。
裁判例においても、取締役が経営の実権を握っていなかったこと、あるいは代表取締役に業務を一任していたことのみをもって責任が免除されるわけではないという判断が繰り返し示されています。取締役には、他の取締役の職務執行を監視・監督する義務(監視義務)があり、これを怠ったこと自体が善管注意義務違反と評価されるためです。
このような状態が続くと、会社に損害が生じた際に「知らなかった」「関与していなかった」という主張は通用せず、むしろ監視義務違反そのものが問題視される結果になりかねません。
特に注意したいのは、家族経営や創業間もない企業でよく見られる「配偶者や親族を取締役にしているが、実際の経営には一切関与していない」というパターンです。登記上は取締役として選任されている以上、会社が第三者との取引で損害を被った場合や、労務トラブルで是正勧告を受けた場合など、思わぬ場面で個人としての責任を追及される可能性がある点を、企業側も役員本人も正しく理解しておく必要があります。
実務上、取締役の善管注意義務違反が問題となる典型的な場面には、次のようなものがあります。
採算性を十分に検討しないまま高額な投資を実行した、資金繰りの管理を怠り資金ショートを招いたといったケースでは、経営判断の合理性そのものが問われます。
労働基準法や下請法、景品表示法など各種業法への違反を認識しながら是正措置を取らなかった場合、監督義務違反として取締役個人の責任が追及される可能性があります。
一定規模以上の会社では、不正行為を防止するための内部統制システムを構築する義務があるとされており、これを怠った結果として従業員による横領や不正が発生した場合、取締役の善管注意義務違反が問われます。
取締役自身や関係会社との取引を、取締役会の承認を得ずに実行した場合も、忠実義務・善管注意義務違反として問題となります。
いずれの場面にも共通するのは、「結果が悪かったから責任を負う」のではなく、意思決定や監督のプロセスが合理的であったかどうかが問われるという点です。これは「経営判断の原則」と呼ばれる考え方で、事業判断そのものの当否ではなく、判断に至る過程の合理性が裁判上の主要な争点となります。
中小企業では、代表取締役がオーナー社長を兼ねているケースが多く、他の取締役が「オーナーの判断に口を出しにくい」という組織文化が根強く残っています。しかし、この構造こそが監視義務違反を招きやすい典型的な落とし穴です。取締役会が形骸化し、実質的な議論のないまま議事録だけが整えられている企業では、いざ紛争が生じた際に「監督機能が機能していなかった」と評価されるリスクが高まります。
善管注意義務違反が認定された場合、取締役は会社法423条に基づき、会社に生じた損害を賠償する責任を負います。この責任は原則として取締役個人が負うものであり、会社が代わりに負担することはできません。
損害賠償額は事案によっては会社の年間利益を大きく上回ることもあり、個人の資産で賠償しきれない事態も想定されます。役員報酬が低額な「名ばかり役員」であっても、賠償責任の金額はそれとは無関係に算定される点に注意が必要です。
なお、株式会社は責任限定契約や役員等賠償責任保険(D&O保険)の活用により、一定範囲でリスクを軽減することが可能です。しかし、故意または重過失による違反はこれらの対象外となる場合が多く、根本的な対策としては後述する体制整備が不可欠です。
さらに見落とされがちなのが、取締役を退任した後も一定期間はリスクが残るという点です。在任中の職務執行に問題があった場合、退任後に発覚しても責任追及を受ける可能性があり、「辞めれば終わり」ではありません。事業承継や役員交代の場面では、過去の職務執行に問題がなかったかを確認しておくことも重要な実務対応の一つです。
善管注意義務違反のリスクを最小化するために、企業側・取締役側それぞれの立場で取り組める実務対応を整理します。
形式的な開催にとどまらず、議案の事前資料配布、議事録への発言内容の記録、反対意見や懸念事項の明記など、意思決定プロセスの合理性を客観的に示せる運営が重要です。
各取締役の職務分担や報告ラインを社内規程で明確化し、非常勤取締役であっても定期的に経営状況の報告を受ける仕組みを整えることで、監視義務を現実に履行していることを示せます。
役員との委任契約書において、職務範囲や責任限定契約の有無を明記しておくことは、後日の紛争予防に直結します。契約書の内容が曖昧なまま役員を選任している企業は少なくありませんが、契約書の作成・見直しの段階で専門家によるチェックを受けることをおすすめします。契約書の作成や見直しでお困りの際は、企業法務を専門とする 法律事務所LeONE にご相談ください。発注者・経営者側の実務に即した契約書対応をご提案しています。
不正や法令違反を早期に発見する仕組みがあれば、取締役が「知らなかった」状態を防ぎ、結果として監督義務を尽くしていたことの裏付けにもなります。
体制整備と並行して、万一の際の備えとしてD&O保険への加入や、社外取締役・非常勤取締役との責任限定契約の締結も検討に値します。責任限定契約は、業務執行取締役でない者との間で、定款の定めに基づき締結できるもので、善意かつ重過失がない場合の賠償責任額に上限を設けることができます。
役員向けに、会社法上の義務や最近の裁判例、業法改正の動向などを定期的に共有する機会を設けることも有効です。「知らなかった」という言い訳が通用しないからこそ、企業側が能動的に情報提供の機会を設けておくことが、結果として取締役個人と会社双方を守ることにつながります。
これらの体制整備は一度整えれば終わりではなく、事業内容や組織の拡大にあわせて定期的な見直しが必要です。自社の取締役会運営や契約書が現状のリスクに見合っているか不安がある場合は、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
取締役の善管注意義務は、実務への関与度合いや役員報酬の多寡にかかわらず、就任している以上すべての取締役に課される法律上の義務です。「名ばかり役員だから」という理由は、監視義務違反の責任を免れる根拠にはなりません。
本記事で解説したポイントを改めて整理すると、次のとおりです。
自社の取締役会運営や役員体制にリスクがないか、早めに点検しておくことが、経営者自身とご家族、そして会社を守ることにつながります。体制整備や契約書の見直しについては、担当弁護士のご紹介ページより当事務所の弁護士の専門分野をご確認いただけます。
取締役の責任リスクや社内体制の整備について不安な点がございましたら、お気軽に無料相談のお問い合わせよりご連絡ください。