Column
2026/09/28
企業法務
社内不正・横領が発覚したとき、企業の対応を左右するのは最初の72時間です。本記事では、証拠保全の具体的な方法、本人ヒアリングの注意点、懲戒解雇・損害回収・刑事告訴の判断基準までを、企業側の実務手順として整理します。
経理担当者による売上金の着服、購買担当者によるキックバックの受領、営業担当者による架空経費の請求など、社内不正の形はさまざまです。発覚のきっかけも、内部通報、監査法人からの指摘、取引先からの問い合わせ、残高の不一致など多岐にわたります。
どのような経緯であっても、発覚直後の対応を誤ると、後の懲戒処分や損害回収が大きく困難になります。まずは「やってはいけないこと」を押さえておきましょう。
不正の疑いを把握した上司が、その場で本人を呼び出して問い詰めるケースは少なくありません。しかし、証拠が揃っていない段階で本人に知らせると、データの削除や関係書類の廃棄、共犯者との口裏合わせといった証拠隠滅の機会を与えてしまいます。また、長時間の詰問や退職の強要は、後にパワーハラスメントや強要として争われ、企業側が逆に責任を問われるおそれもあります。
不正の疑いを多くの社員に共有すると、本人に情報が漏れるリスクが高まるだけでなく、仮に疑いが誤っていた場合には名誉毀損の問題にもなり得ます。調査に関与するメンバーは、経営陣、法務・コンプライアンス担当、必要に応じて外部の弁護士など、最小限に絞ることが原則です。
担当者が善意で本人のパソコンを起動してファイルを開いたり、メールを転送したりすると、ファイルの更新日時などのメタデータが書き換わり、証拠としての価値が損なわれることがあります。デジタル証拠の扱いには、後述する適切な手順が必要です。
社内不正への対応において、最も重要なのが証拠保全です。懲戒処分の有効性も、損害賠償請求も、刑事告訴の受理も、すべては客観的な証拠がどれだけ揃っているかにかかっています。
業務用パソコンは、本人に気づかれないタイミングで回収し、電源を入れずに保管することが望ましいとされています。データの解析が必要な場合は、デジタルフォレンジック業者に依頼し、ハードディスクの完全な複製(イメージ)を取得したうえで、複製側を調査します。これにより、原本データの改変を防ぎ、証拠としての信用性を確保できます。
クラウド上のメールやチャット履歴は、保存期間の設定によって自動削除される場合があります。システム管理者と連携し、削除設定を一時停止したうえで、該当期間のデータをエクスポートしておきましょう。防犯カメラ映像も上書き保存されるものが多いため、早急な保全が必要です。
会社が貸与したパソコンやメールアカウントの調査は、一般的には業務上の必要性と相当性があれば許容されると考えられています。ただし、就業規則や情報管理規程に「会社は必要に応じて貸与端末やメールを調査できる」旨の規定があるかどうかで、紛争時の説明のしやすさは大きく変わります。御社の規程に調査権限の定めがあるか、この機会に確認しておくことをおすすめします。
証拠がある程度揃った段階で、関係者へのヒアリングと本人への事情聴取を行います。順序としては、周辺関係者から始めて、最後に本人に話を聞くのが基本です。
不正の規模が大きい場合や、役員が関与している疑いがある場合には、社内の人間だけで調査を行うと客観性が疑われます。外部の弁護士を中心とした調査チームや、第三者委員会の設置を検討すべき場面もあります。調査の独立性を確保することは、取引先や金融機関、株主への説明責任を果たすうえでも重要です。
本人が不正を認めた場合には、不正の内容、期間、金額を具体的に記載した自認書(顛末書)を、本人の自筆で作成してもらうことが有効です。あわせて、被害額の弁済を約束する誓約書や、分割弁済の合意書を取り交わしておくと、後の回収が格段に進めやすくなります。ただし、強制的に書かせたと評価されると効力が争われるため、任意性の確保には十分注意してください。
社内調査の進め方や、ヒアリングで確認すべき事項の整理に不安がある場合は、早い段階で専門家に相談することで、手戻りを防ぐことができます。担当弁護士のご紹介もあわせてご覧ください。
業務上横領が事実と確認できた場合、多くの企業は懲戒解雇を検討します。横領は企業秩序を著しく乱す行為であり、金額が少額であっても懲戒解雇が有効と判断される傾向にあります。とはいえ、手続きを誤ると解雇無効を主張されるリスクがあります。
退職金規程に「懲戒解雇の場合は退職金を支給しない」旨の定めがあっても、裁判実務では、それまでの勤続の功を抹消するほどの重大な背信行為がある場合に限り全額不支給が認められる、という考え方が一般的です。横領は背信性が高い行為とされやすいものの、金額や態様によっては一部支給を命じられる例もあります。退職金と被害額との相殺については、労働基準法上の賃金全額払いの原則との関係で制限があるため、本人の自由な意思による同意を書面で得ておくことが重要です。
調査中に本人が退職届を提出するケースもあります。民法上、期間の定めのない雇用契約は申し入れから2週間で終了するため、懲戒処分の手続きを急ぐ必要が出てきます。退職後であっても損害賠償請求や刑事告訴は可能ですが、退職金の扱いに影響するため、規程上、退職後に懲戒解雇相当の事由が判明した場合の返還条項があるかどうかを確認しておきましょう。
社内不正への対応では、「お金を取り戻すこと」と「刑事責任を問うこと」のどちらを優先するかという判断が求められます。両者は両立しますが、進め方の順序によって結果が変わることがあります。
本人との交渉で弁済合意ができれば、公正証書にしておくことで、支払いが滞った際に裁判を経ずに強制執行が可能になります。本人が弁済に応じない場合は、損害賠償請求訴訟を提起することになります。本人が不動産や預金などの財産を処分するおそれがある場合には、訴訟に先立って仮差押えを申し立て、財産を保全しておくことが有効です。
身元保証人がいる場合には、身元保証契約に基づいて保証人に請求できる可能性もあります。ただし、身元保証法により責任の範囲は制限され、2020年4月以降に締結された身元保証契約では極度額の定めがなければ無効となる点に注意が必要です。
業務上横領罪(刑法253条)は10年以下の拘禁刑が定められた重い犯罪です。刑事告訴をすることで、捜査機関による強制力のある捜査が期待でき、悪質な事案では抑止効果も得られます。一方で、捜査機関は十分な証拠がない告訴状を受理しない傾向にあるため、社内調査で被害額と行為態様を具体的に特定しておくことが不可欠です。
実務上は、刑事告訴を検討している段階で本人が被害弁償に応じるケースも多く見られます。ただし、「告訴しない代わりに支払え」と迫る交渉は恐喝と受け取られかねないため、交渉の進め方は慎重に設計する必要があります。
被害額が大きい場合は、取引先や金融機関への説明、上場企業であれば適時開示の要否も検討事項になります。また、横領による損失と損害賠償請求権の計上時期など、税務上の処理についても税理士と連携しておくと安心です。
社内不正の多くは、「特定の担当者に業務が集中し、チェックが働いていなかった」という構造的な原因から生じています。事案の処理が終わった後こそ、再発防止策を整備する好機です。
今回の事案対応で「就業規則に調査権限の規定がなかった」「懲戒事由が曖昧だった」「身元保証契約に極度額がなかった」といった課題が見つかった場合は、規程類を速やかに改定しましょう。次に不正が起きたときに、迅速かつ適法に対応できる土台をつくることが、最大の予防策になります。
社内不正は、発覚した時点で企業にとって大きな負担となりますが、初動を誤らなければ被害の回復と組織の立て直しは十分に可能です。法律事務所LeONEでは、証拠保全から社内調査、懲戒処分、損害回収、刑事告訴までを一貫して企業側の立場でサポートしています。「疑いはあるが、どこから手をつければよいかわからない」という段階でも、無料相談のお問い合わせからお気軽にご連絡ください。