2026/03/29
法改正
2024年11月1日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称:フリーランス保護新法)が施行されました。近年、副業・兼業の拡大やデジタル化の進展により、フリーランスとして働く人の数は急増しています。内閣官房の調査によれば、国内のフリーランス人口は300万人を超えるとも言われており、企業のビジネスパートナーとして欠かせない存在となっています。
しかしその一方で、発注企業とフリーランスの間には大きな力関係の差があり、「報酬の不当な減額」「突然の発注キャンセル」「支払いの引き延ばし」といったトラブルが後を絶ちませんでした。こうした状況を改善し、フリーランスが安心して働ける環境を整備することを目的に、本法律は制定されたのです。
中小企業の経営者・管理職の方にとって重要なのは、本法律がフリーランスへの発注企業にも多くの義務を直接課しているという点です。「うちは下請法の対象外だから関係ない」と思っていた企業も、フリーランス保護新法の適用を受ける可能性があります。本記事では、発注側の企業が押さえておくべき義務と違反リスクについて、実務的な観点から解説します。
まず、法律の適用範囲を正確に理解することが重要です。フリーランス保護新法では、二種類の当事者が登場します。
特定受託事業者とは、業務委託の相手方である事業者のうち、「従業員を使用しない者」を指します。つまり、個人事業主や一人法人(役員のみで従業員なし)がこれに該当します。雇用契約ではなく業務委託契約で仕事を受けている人が広く対象となります。
業務委託事業者とは、特定受託事業者に業務委託をする事業者を指します。個人・法人の別を問わず、従業員の数にも制限はありません。つまり、フリーランスに仕事を発注しているすべての企業・個人が対象になり得ます。下請法のように資本金規模による線引きはないため、中小企業でも例外なく適用を受けます。
ただし、義務の内容は「継続的業務委託」か「一時的な業務委託」かによって異なります。また、一部の規定は従業員を抱える「特定業務委託事業者」(発注側)にのみ適用されるものもあります。自社がどの区分に該当するかを確認した上で、必要な対応を取ることが求められます。
フリーランス保護新法が発注企業に課す義務は大きく以下の通りです。
業務委託をする際には、業務の内容・報酬の額・支払期日・その他の取引条件を書面または電磁的方法(メール等)で明示しなければなりません。口頭での合意だけでは不十分です。特定受託事業者が業務を開始する前に明示することが原則です。
実務上、注意が必要なのは「曖昧な記載」です。「報酬は別途協議」「条件は後日確定」といった表現は明示義務を果たしているとは言えません。単価・合計金額・支払期日を具体的に記載した発注書や業務委託契約書を整備することが求められます。
継続的業務委託においては、報酬の支払期日を「業務委託した日から起算して60日以内」に設定しなければなりません。この期限は強行規定であり、契約で「90日後払い」などと定めても無効となります。
多くの企業では月末締め・翌月末払い(約30日)や翌々月払い(約60日)といった支払サイトが設定されていますが、60日を超える場合はすぐに見直しが必要です。
特定受託事業者の責めに帰すべき理由がないにもかかわらず、以下の行為を行うことは禁止されています。
これらは下請法と類似した規制ですが、フリーランス保護新法は資本金要件がないため、規模を問わずすべての発注企業に適用される点が大きな違いです。
6か月以上の継続的業務委託を中途解除したり、更新しない場合は、原則として30日前までに予告しなければなりません。急な打ち切りは発注側の義務違反となりますので、プロジェクトの継続・終了の判断は早めに行い、適切な予告期間を確保することが重要です。
継続的業務委託においては、特定受託事業者が妊娠・出産・育児・介護等を理由に申し出た場合、必要な配慮をする努力義務が発注企業に課されています。具体的には、納期の調整、業務量の見直しなどが考えられます。
特定業務委託事業者(従業員を有する発注企業)は、フリーランスへのハラスメントについて相談体制の整備等の対策を講じる義務があります。従業員に対するハラスメント対策と同様に、フリーランスへの対応も求められるようになりました。社内のハラスメント相談窓口の対象範囲をフリーランスにも拡大するなどの対応が必要です。
フリーランス保護新法の義務に違反した場合、どのようなリスクがあるのでしょうか。
公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省が連携して本法律を執行します。違反が疑われる場合、報告徴収・立入検査が行われることがあります。調査の結果、義務違反が認められた場合は、勧告・命令が発せられます。命令に従わない場合や虚偽報告をした場合は、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
勧告に従わない場合や命令に違反した場合には、企業名が公表される仕組みになっています。企業名が公表されると、取引先や社会からの信頼を大きく損なうことになります。優秀なフリーランスが離れていくリスクや、採用・ブランドへの影響も無視できません。
本法律の義務に違反した場合、フリーランスから損害賠償請求や不当利得返還請求を受けるリスクもあります。特に、報酬の不当な減額や突然の解除に対して、フリーランス側が法的手段に出るケースは今後増加することが予想されます。
フリーランス保護新法への対応として、中小企業が具体的に何をすべきか、実務的なポイントを整理します。
まず、社内でフリーランスへの業務委託を行っている部署・担当者を洗い出し、取引の実態を確認してください。「コンサルタントに仕事を頼んでいる」「デザイナーに外注している」「ITエンジニアをフリーランスで使っている」といったケースが対象になります。業務委託と称していても、実態が雇用に近い場合は別途問題が生じる可能性もあります。
口頭や曖昧な書類でやり取りしている取引は、書面(または電磁的方法)で取引条件を明示する形に切り替える必要があります。業務委託契約書のひな形を法務部門や弁護士と連携して整備し、発注書のフォーマットも見直してください。記載すべき事項は以下の通りです。
現在の支払条件が60日を超えている場合は、早急に見直しが必要です。財務・経理部門と連携して支払フローを変更し、フリーランスとの取引に関しては適切なサイト内で支払いができる体制を整えてください。
プロジェクト終了や契約更新を行わない場合の社内ルール(30日前予告の徹底)を整備してください。担当者が個別に判断するのではなく、法務・経営判断として適切なタイミングで予告できる仕組みが必要です。
従業員を抱える企業は、既存のハラスメント相談窓口の対象に「フリーランス・外部委託先」を追加することを検討してください。就業規則やハラスメント防止規程の改定が必要になる場合もあります。
フリーランス保護新法の施行は、単なる「法律の追加」ではなく、企業がフリーランスとの取引において「適正・透明・公正」であることを求める社会の変化を反映しています。「昔からのやり方だから」「取引先が了承しているから」という理由は通用しません。
中小企業においても、今後はフリーランスの活用がますます進むことが予想されます。早期に適切な体制を整えることで、優秀な外部人材を安定的に確保できるとともに、法的リスクを未然に防ぐことができます。
自社の取引実態を改めて確認し、必要な対応を一つひとつ進めていくことが重要です。「どこから手をつければいいかわからない」という場合は、企業法務に詳しい弁護士に相談し、現状診断と対応策のアドバイスを受けることをお勧めします。フリーランス保護新法は、法令遵守の問題であるとともに、企業としての信頼とブランドを守るための取り組みでもあります。