Column
2026/10/06
企業法務
取締役の善管注意義務は、肩書だけの「名ばかり役員」にも等しく課されます。本記事では、義務の中身、名目的取締役が責任を問われた典型場面、経営判断原則による保護の条件、そして自社が今すぐ整えるべき体制整備の具体策までを、企業側の実務目線で整理します。
会社法330条は、会社と役員の関係を民法の委任に関する規定に従うものとしています。その結果、取締役は民法644条に基づき、善良な管理者の注意をもって職務を執行する義務(善管注意義務)を負います。これは「その地位・立場にある者として通常期待される程度の注意」を意味し、本人の能力や経験が乏しいことは言い訳になりません。
あわせて会社法355条は、法令・定款・株主総会決議を遵守し、会社のため忠実に職務を行う義務(忠実義務)を定めています。判例上、忠実義務は善管注意義務を具体化したものと理解されており、実務では両者をまとめて「取締役の義務」として捉えるのが一般的です。
特に中小企業で問題になりやすいのが「監視義務」です。自分は担当していない、知らなかったという立場でも、知り得た状況にありながら放置すれば義務違反と評価されるおそれがあります。
中小企業では、取締役の員数をそろえるために家族や知人、古参社員を形式的に取締役に就任させるケースが少なくありません。報酬もなく、取締役会も開かれず、経営は代表者がすべて決めている。このような名目的取締役(名ばかり役員)であっても、法律上は他の取締役と同じ義務を負います。
最高裁判例(昭和48年5月22日判決など)は、取締役会に上程された事項に限らず、代表取締役の業務執行全般を監視する義務があるとしています。名目的取締役であることを理由に責任を否定する主張は、裁判例上、限定的にしか認められていません。
こうした場面では、会社が倒産した後に、債権者や従業員から取締役個人に対して損害賠償請求がなされることがあります。会社の債務は本来会社が負うものですが、取締役個人の財産が狙われるルートが存在する点を経営陣全員が理解しておく必要があります。
辞任したにもかかわらず退任登記がされず、登記簿上取締役として残っている場合、善意の第三者に対して責任を免れないとする判例があります(会社法908条2項の類推)。辞任後は速やかに登記を確認することが、自社と元役員双方にとって重要です。
取締役の判断がビジネス上失敗に終わったとしても、それだけで直ちに善管注意義務違反になるわけではありません。裁判所は、いわゆる経営判断原則により、取締役の経営上の裁量を広く尊重しています。
アパマンショップ事件最高裁判決(平成22年7月15日)では、判断の過程と内容に「著しく不合理な点がない限り」善管注意義務違反にはならないと示されました。具体的には次の二点が審査されます。
一方で、法令違反を伴う判断や、取締役自身の利益が絡む利益相反的な判断には経営判断原則は及びにくいとされています。「業績のためなら多少のグレーは許される」という発想は、役員個人の責任リスクを大きく高めます。
経営判断原則の恩恵を受けるには、適切なプロセスを踏んだことを後から証明できなければなりません。取締役会議事録に検討資料、専門家の意見、議論の要旨を残しておくことが、取締役を守る最大の防御策となります。重要な投資や取引の判断の際には、弁護士・会計士などの意見書を取得しておくことも有効です。
取締役が任務を怠り会社に損害を与えた場合、会社法423条1項に基づき会社に対する損害賠償責任を負います。会社が責任追及をしない場合でも、株主が株主代表訴訟(会社法847条)を提起することができます。同族会社であっても、株主間の対立や事業承継を機に代表訴訟が提起される例は珍しくありません。
会社法429条1項は、役員が職務を行うにつき悪意または重大な過失があったときは、第三者に生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。倒産した会社の債権者が、取締役個人に請求する際の典型的な根拠条文です。名ばかり役員の監視義務違反も、この条文で責任を問われることがあります。
ただし、これらはあくまで「事後の備え」です。第三者責任には責任限定契約の効力が及ばない点にも注意が必要です。
取締役会設置会社では、3か月に1回以上、代表取締役等が職務執行状況を報告する義務があります(会社法363条2項)。書面上の開催で済ませている会社も見受けられますが、報告と質疑の実体がなければ、全取締役の監視義務違反を問われる土台を自ら作ることになります。
中小企業に上場企業並みの体制は求められませんが、少なくとも次の仕組みは押さえておくべきです。
体制整備の進め方は会社ごとに異なります。どこから手をつけるべきか迷う場合は、法律事務所LeONEについてで当事務所の企業法務への取り組みもご確認ください。
名目的に取締役を置く必要が本当にあるのか、まず機関設計を見直すことが出発点です。取締役会を設置しない会社であれば取締役1名でも足ります。不要な名ばかり役員を減らすことは、本人の責任リスクを下げるだけでなく、会社のガバナンスを実質化することにもつながります。
就任を依頼する場合は、取締役が負う責任を事前に説明し、責任限定契約やD&O保険の検討をセットで行うのが望ましい対応です。退任時は辞任届の受領と同時に退任登記を申請し、登記簿の記載を確認してください。
取締役の善管注意義務は、肩書があるすべての取締役に及びます。最後に、自社の状況を確認するためのチェックリストをまとめます。
一つでも不安な項目があれば、問題が顕在化する前に手当てしておくことが、会社と役員個人の双方を守ることになります。役員責任や機関設計の見直しについて個別の事情を踏まえて検討したい場合は、担当弁護士のご紹介をご覧いただいたうえで、無料相談のお問い合わせからお気軽にご連絡ください。