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役員の損害賠償責任とD&O保険で防ぐ経営リスク

2026/09/14

企業法務

役員の損害賠償責任とD&O保険で防ぐ経営リスク

中小企業の経営者にとって役員の損害賠償責任は決して無関係ではなく、放置すれば個人の財産にまで及ぶ重大リスクとなります。本記事では責任が発生する仕組みと、D&O保険や内部統制による具体的な防衛策を明らかにします。

役員の損害賠償責任とは何か—経営者が負うリスクの全体像

会社法423条は、取締役や監査役などの役員が、その任務を怠ったこと(任務懈怠)によって会社に損害を与えた場合、会社に対して損害賠償責任を負うと定めています。さらに会社法429条により、役員に悪意または重大な過失があった場合には、第三者(取引先や従業員、株主など)に対しても直接責任を負う可能性があります。

「役員の損害賠償責任」と聞くと大企業の不祥事を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実際には中小企業の経営者にこそ身近なリスクです。上場企業のように内部監査部門や法務部が整っていない中小企業では、経営者自身の判断がそのまま会社の意思決定となり、その判断の誤りが直接的に損害賠償責任へとつながりやすい構造になっているためです。

特に注意すべきは、役員の責任は在任中の行為だけでなく、退任後であっても在任中の任務懈怠が原因であれば追及されうるという点です。「辞めれば終わり」ではないという認識を持つことが、リスク管理の出発点になります。

中小企業でも他人事ではない理由—裁判例に見る役員責任の実態

役員の損害賠償責任が現実化する場面は多岐にわたります。代表的なものとして、次のようなケースが挙げられます。

  • 放漫経営により会社を債務超過に陥らせ、破産管財人や債権者から責任追及を受けるケース
  • 取引先の与信管理を怠り、回収不能な売掛金を発生させたことについて株主代表訴訟を提起されるケース
  • 労務管理を放置した結果、未払残業代やハラスメント問題が発覚し、会社が支払った賠償額について役員個人に求償されるケース
  • 粉飾決算や不適切な資金流用が発覚し、会社および第三者の双方から責任を問われるケース

これらは決して特殊な事例ではなく、日々の経営判断の延長線上で誰にでも起こりうるものです。とりわけオーナー経営者が実質的に意思決定を独占している会社では、他の役員によるチェック機能が働きにくく、問題が表面化した時にはすでに損害が拡大しているケースが少なくありません。

また、近年はコンプライアンス意識の高まりとともに、退職した従業員や取引先が弁護士に相談した上で会社や役員個人を相手取って法的措置を取る例も増えています。「うちは小さい会社だから訴えられることはない」という認識は、もはや通用しないと考えるべきでしょう。

善管注意義務・忠実義務違反が問われる典型パターン

役員の損害賠償責任の根拠となるのが、会社法330条・民法644条に基づく「善管注意義務」と、会社法355条に基づく「忠実義務」です。善管注意義務とは、役員としての地位・能力に応じて通常期待される注意を払って職務を遂行する義務を指し、忠実義務とは会社の利益を優先し、自己や第三者の利益を図らない義務を指します。

経営判断の原則との関係

もっとも、経営判断には常に不確実性が伴うため、結果的に会社に損害が生じたというだけで直ちに義務違反と評価されるわけではありません。判断の前提となった情報収集や検討過程が合理的であったかどうかを問う「経営判断の原則」が適用され、意思決定のプロセスが適正であれば責任を免れる余地があります。逆に言えば、記録を残さず場当たり的に判断している場合、後から説明ができず不利になりやすいということです。

特に責任が問われやすい場面

  • 利益相反取引(会社と役員個人との取引)を取締役会の承認なく行った場合
  • 競業避止義務に違反し、役員が個人で類似事業を営んで会社の顧客を奪った場合
  • 明らかに実現可能性のない事業計画に多額の資金を投じ、検証を怠った場合
  • 法令違反(下請法・労働基準法・独占禁止法など)を認識しながら是正しなかった場合

御社の意思決定プロセスにおいて、こうした場面での議事録や検討資料が適切に残されているかを一度点検してみることをお勧めします。

会社と個人を守るD&O保険(役員等賠償責任保険)の仕組みと選び方

役員の損害賠償責任リスクに備える代表的な手段が、D&O保険(Directors and Officers Liability Insurance、役員等賠償責任保険)です。D&O保険は、役員が会社や第三者から損害賠償請求を受けた場合の賠償金や争訟費用(弁護士費用等)を補償する保険で、近年は中小企業でも加入が進んでいます。

加入を検討する際は、以下の点を確認することが重要です。

  • てん補範囲:株主代表訴訟だけでなく、第三者からの請求、行政調査対応費用まで含まれているか
  • 免責事項:故意や犯罪行為はもちろん免責となりますが、重過失の範囲がどこまで及ぶか約款で確認する
  • 保険金額の妥当性:会社の規模・取引額に見合った補償上限が設定されているか
  • 退任後の担保:退任後に発覚した在任中の行為についても補償対象となる「発見条項(ディスカバリー期間)」の有無

D&O保険はあくまで金銭的な備えであり、責任の発生自体を防ぐものではない点にも注意が必要です。保険加入と並行して、後述する内部統制の整備や、契約書・議事録などの文書管理体制を見直すことが、実効性のあるリスク管理につながります。契約書の作成・見直しでお困りの場合は、企業法務を専門とする弁護士へのご相談をお勧めします。法律事務所LeONEでは、中小企業の経営実態に即したガバナンス体制の構築をご提案しています。

内部統制体制の構築で責任リスクを減らす実務対応

会社法上、大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)には内部統制システムの構築が義務付けられていますが、これに該当しない中小企業であっても、内部統制の考え方を取り入れることには大きな意味があります。なぜなら、適切な内部統制体制の存在は、役員が善管注意義務を尽くしていたことを裏付ける有力な証拠にもなるためです。

中小企業が無理なく着手できる内部統制の具体策としては、次のようなものが挙げられます。

  • 一定金額以上の支出・契約締結については複数名での承認プロセスを設ける
  • 取締役会(または経営会議)の議事録を毎回作成し、検討過程と反対意見の有無を記録する
  • 資金繰り・与信状況を定期的にモニタリングし、経営者以外の役員や顧問にも共有する
  • 就業規則・ハラスメント防止規程などの社内規程を整備し、相談窓口を明確にする
  • 契約書のひな形や承認フローを整備し、属人的な判断に頼らない仕組みを作る

これらは特別な予算をかけずとも段階的に導入できるものばかりです。重要なのは「仕組みとして残っているか」であり、経営者の頭の中だけで完結している判断は、後から適正さを説明することが極めて難しくなります。

今すぐ着手すべきチェックリストと専門家への相談タイミング

ここまでの内容を踏まえ、御社で今すぐ確認していただきたいポイントを整理します。

  • 取締役会・経営会議の議事録が、直近1年分きちんと残っているか
  • 役員と会社との利益相反取引(不動産賃貸・金銭消費貸借など)について、承認手続きが取られているか
  • D&O保険に加入している場合、てん補範囲と保険金額が現状の事業規模に見合っているか
  • 労務・下請法・独占禁止法などの法令遵守状況について、最後に点検したのはいつか
  • 役員の交代(就任・退任)の際に、責任の所在を整理する引継ぎが行われているか

一つでも不安な項目があった場合は、問題が顕在化する前に専門家へ相談することを強くお勧めします。役員の損害賠償責任は、トラブルが発生してからでは打てる対策が限られる一方、平時のうちに体制を整えておけば多くのリスクを未然に防ぐことができます。

法律事務所LeONEでは、中小企業の実情に即したガバナンス体制の構築支援や、役員の責任リスクに関するご相談を承っております。専門分野や実績の詳細は担当弁護士のご紹介ページをご覧ください。御社の状況に応じた具体的な対応策については、無料相談のお問い合わせからお気軽にご連絡ください。