Column
2026/09/20
企業法務
カーボンクレジット取引を検討する企業が押さえるべき法的リスクを整理します。クレジットの法的性質、無効化・二重売りのリスク、売買契約書の必須条項、環境表示の注意点まで、購入企業の実務対応が具体的にわかります。
脱炭素への取り組みが経営課題となるなか、カーボンクレジット取引に関心を寄せる中小企業が増えています。大手取引先や金融機関から温室効果ガス(GHG)排出量の開示や削減を求められる場面が増え、自社の努力だけでは減らしきれない排出分を、クレジットの購入で補う(オフセットする)という選択肢が現実味を帯びてきたためです。
カーボンクレジットとは、温室効果ガスの排出削減量や、森林などによる吸収量を、取引可能な形で数値化したものです。「排出を減らした」という環境価値を証書のように売買できる点が特徴で、購入した企業は、自社の排出量の一部を埋め合わせたものとして扱うことができます。2023年10月には東京証券取引所にカーボン・クレジット市場が開設され、国内でも取引所を通じた売買が始まりました。国の排出量取引制度(GX-ETS)の整備も進んでおり、クレジットをめぐる実務は今後さらに広がる見込みです。
実務で扱うクレジットは、運営主体によって大きく次の3種類に分けられます。
どの制度のクレジットを、何のために買うのか。この点を最初に決めておくことが、契約・表示・会計のすべての出発点になります。制度ごとに登録簿や無効化の手続き、認証の基準が異なるため、契約書で確認すべき事項も変わってくるからです。
まず押さえておきたいのは、カーボンクレジットの法的性質が、法律で明確に定まっているわけではないという点です。クレジットは形のない環境価値であり、民法上の「物」(有体物)には当たらないため、所有権の対象にはなりません。そのため「クレジットを買った」といっても、実際には契約に基づく権利や、登録簿上の口座に記録された地位を取得しているにすぎない、という整理になります。
この整理から、実務上重要な帰結が2つ出てきます。
カーボンクレジット取引そのものを直接規制する単一の法律はありません。取引の態様に応じて、次のような法令が関わります。
自社の排出量を埋め合わせるために「買って使うだけ」の場合と、転売や投資を目的に保有する場合とでは、適用される規制の重さが変わります。取引の目的を切り分けたうえで、どの法令が関わるかを確認してください。
購入企業にとってのリスクは、大きく次の4つに整理できます。
ボランタリークレジットでは、削減量の算定が過大だった、あるいは「その事業がなくても削減されていた(追加性がない)」と指摘されるなど、品質が問題視されることがあります。認証機関がクレジットを取り消した場合、購入した企業が自社の削減分として主張していても、その根拠が失われるおそれがあります。
同じクレジットが複数の相手に売られる、あるいは売り手と買い手の双方が自社の削減として計上する(ダブルカウンティング)リスクです。登録簿で管理される制度では抑制されていますが、仲介業者を介した相対取引では、契約上の確認が欠かせません。
森林由来のクレジットでは、山火事や違法伐採によって、いったん吸収された炭素が再び大気中に放出される(リバーサル)リスクがあります。この場合に、代替クレジットの提供や返金を受けられるかどうかは、契約で決めておくべき事項です。
クレジット取引では、プロジェクト事業者、仲介業者、販売業者が連なっていることが多く、誰が最終的に責任を負うのかが不明確になりがちです。仲介業者が倒産したり、連絡が取れなくなったりした場合に、支払済みの代金を取り戻せないおそれもあります。前払いを求められる取引ほど、この問題は深刻です。
これらのリスクは、事後に争うよりも、契約締結前に手当てするほうがはるかに低コストです。次の章で、契約書のどこを確認すべきかを見ていきます。
クレジットの権利内容が契約で決まる以上、売買契約書のチェックは最重要の防衛策です。購入企業の立場で、最低限確認したい条項は次のとおりです。
契約書のひな形は、売り手側が提示するケースが大半です。実際には、「クレジットの品質・有効性について一切保証しない」「損害賠償は代金額を上限とする」といった、売り手に有利な条項が入っている例も珍しくありません。提示された契約書をそのまま受け入れず、購入者側の視点で条項を見直すことが大切です。
クレジット取引の契約書チェックを含め、企業法務全般を継続的に相談できる窓口があると、判断が格段に早くなります。法律事務所LeONEでは、発注者・購入者側の実務に即した契約書レビューの方針をご提案しています。
クレジットを購入した後に問題となるのが、「どのように外部へ発信するか」です。「カーボンニュートラル」「CO2排出ゼロ」「環境に配慮した商品」といった表示は、消費者や取引先の関心を引く一方で、実態と異なると、景品表示法上の優良誤認表示に該当するおそれがあります。実態以上に環境への配慮をアピールすることは、グリーンウォッシュと呼ばれ、企業の信用を大きく損ないます。
環境省などが示す環境表示に関するガイドラインや、カーボンニュートラルに関する国際規格(ISO 14068-1)、第三者による認証の活用が参考になります。実務上は、次の3点を押さえてください。
表示の適否に不安がある場合は、公開前に専門家の確認を受けておくと安心です。無料相談のお問い合わせから、表示物の事前確認についてもご相談いただけます。
契約と表示に加えて、社内の意思決定プロセスを整えておくことが、後々のトラブルを防ぐ最も確実な方法です。担当者個人の判断でクレジットを購入してしまい、あとから経営層や経理部門が内容を把握できないという状況は、実務でよく見られます。
会計・税務の処理は、自社の排出のオフセットに使うのか、転売目的で保有するのかといった取得の目的によって異なる場合があります。購入前に、必ず専門家の確認を受けてください。
カーボンクレジット取引は、制度がまだ発展途上にあり、実務も日々変化しています。だからこそ、契約書のレビューから表示のチェック、社内体制の整備まで、一貫して相談できる専門家を確保しておくことが有効な自衛策になります。担当弁護士のご紹介もあわせてご覧のうえ、取引の初期段階から法務の視点を取り入れてください。