Column
2026/09/29
M&A・事業承継
中小企業のM&Aで買い手企業が見落としがちなのが「表明保証」の設計です。本記事では、表明保証の基本、違反時に補償を請求する仕組み、デューデリジェンスとの関係、契約書に入れるべき条項を整理し、買収後の想定外の損失を防ぐ実務対応をお示しします。
表明保証(Representations and Warranties)とは、株式譲渡契約や事業譲渡契約において、売主が「対象会社の財務・法務・労務などの状態が一定の内容であること」を、契約締結日やクロージング日時点で真実かつ正確であると表明し、保証するものです。たとえば「計算書類は適正に作成されている」「開示したもの以外に債務は存在しない」「従業員に対する未払賃金はない」「重大な訴訟や紛争は存在しない」といった内容が典型です。
表明保証の目的は、買い手と売主の間の情報の非対称性を埋め、リスクを適切に分配することにあります。買い手は、対象会社の内部事情を売主ほどには把握できません。そこで、売主に一定の事実を約束させ、それが事実と異なっていた場合には補償(損害の填補)を求められるようにしておくのです。
表明保証や補償条項を定めずに株式を取得した場合、買収後に簿外債務や法令違反が発覚しても、買い手が売主に責任を問うのは容易ではありません。民法上の契約不適合責任や錯誤、詐欺を主張する余地はありますが、株式譲渡では「株式そのもの」が目的物であり、対象会社の資産や負債の問題が直ちに株式の不適合と評価されるとは限らないためです。つまり、契約書に書いていないリスクは、原則として買い手が負担すると考えておくべきです。
中小企業のM&Aでは、売主がオーナー経営者個人であることが多く、契約書のひな形も仲介会社が用意した簡易なものが使われがちです。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」でも、表明保証の範囲や補償の上限・期間について当事者が十分に理解したうえで合意することの重要性が示されています。御社が買い手となる場合、ひな形をそのまま受け入れるのではなく、自社のリスクに即した修正を検討することが欠かせません。
実務上、買収後に問題となりやすい類型はある程度決まっています。以下は、中小企業M&Aで特に紛争になりやすいものです。
これらはいずれも、売主が悪意なく把握していなかったものも含まれます。だからこそ、「売主が知っていたかどうか」に関係なく補償を受けられる設計にしておくことが、買い手企業にとって重要になります。
デューデリジェンス(DD)は、買い手が対象会社の財務・税務・法務・労務・ビジネス面を調査する手続です。DDと表明保証は、互いに補完し合う関係にあります。DDで見つかったリスクは、価格の引下げ、クロージング前の是正、特別補償の設定などで個別に手当てし、DDでは発見しきれないリスクを表明保証でカバーする、という役割分担になります。
注意が必要なのは、DDで判明した事実について、買い手が表明保証違反を主張できるかという問題です。裁判例の中には、買い手が違反を知っていた、または重大な過失により知らなかった場合に、売主の責任を否定または制限する余地を示したものもあります。そのため、DDで見つけたリスクは「表明保証があるから大丈夫」と考えず、契約上の個別の手当てに落とし込むことが大切です。
また、契約書に「買い手の認識にかかわらず、売主は表明保証違反について責任を負う」旨の条項(いわゆるプロ・サンドバッギング条項)を入れておくことも、買い手側の防衛策として検討に値します。
予算や期間が限られる中小企業M&Aでは、すべての領域を網羅的に調査するのは現実的ではありません。一般的には、①労務(残業代・社会保険)、②税務、③重要契約(取引先・賃貸借・借入)、④許認可、⑤株主構成(名義株の有無)を優先的に確認することをおすすめします。特に名義株の問題は、株式譲渡の有効性そのものに関わるため、早い段階で株主名簿と株式の取得経緯を確認しておく必要があります。
調査範囲の決め方や、DD結果を契約書にどう反映させるかについては、M&Aの実務経験がある弁護士の関与が有効です。担当弁護士のご紹介では、企業法務を担当する弁護士の経歴や対応分野をご確認いただけます。
表明保証の実効性は、「何を保証させるか」だけでなく、「違反があったときにどう補償されるか」によって大きく左右されます。買い手企業が交渉で押さえておきたい主なポイントは次のとおりです。
表明保証は、契約締結日とクロージング日の両時点で真実かつ正確であることを求めるのが一般的です。締結日からクロージング日までの間に状況が変化するリスクをカバーするためです。また、「売主の知る限り」という限定(知識限定)が付されると、売主が知らなかった事実については責任を問えなくなるため、重要項目についてはこの限定を外すよう交渉することが望まれます。
補償請求できる期間は、クロージング後1年から3年程度とされることが多いですが、税務や労務のように問題の顕在化に時間がかかる項目については、個別に長めの期間を設定することを検討します。期間を過ぎると請求できなくなるため、買収後のモニタリング体制と合わせて考えることが重要です。
表明保証条項がどれほど充実していても、売主に支払能力がなければ補償を回収することはできません。中小企業M&Aでは、売主であるオーナー経営者が譲渡代金を受け取った後に資産を費消してしまうケースもあり、回収可能性の確保は見過ごせない論点です。
DDで具体的に判明したリスク(たとえば特定の未払残業代や係争中の案件)については、表明保証とは切り離して、「その事由により生じた損害は売主が補償する」という特別補償条項を設けます。買い手の認識の有無が問題とならず、上限や下限の制約も個別に設計できるため、実務上非常に有効な手当てです。
譲渡代金の一部を第三者に預託するエスクローや、代金の一部を一定期間後に支払う分割払い(ホールドバック)を組み合わせることで、補償の原資をあらかじめ確保できます。また、アーンアウト(買収後の業績に応じた追加支払)を採用し、リスクと対価を連動させる方法もあります。
近年は、中小規模の案件でも表明保証保険の利用が広がりつつあります。売主の資力に依存せずに補償を受けられる点が大きなメリットですが、DDで既に判明した事項や一定の類型のリスクは補償対象外とされるのが一般的です。保険料と補償内容のバランスを検討したうえで、特別補償やエスクローと組み合わせて使うのが現実的でしょう。
どの手当てを組み合わせるべきかは、案件の規模や売主との関係性、DDの結果によって異なります。法律事務所LeONEについてでは、当事務所が企業法務においてどのような方針で案件に取り組んでいるかをご紹介しています。
M&Aの表明保証は、買い手企業にとって「買収後の想定外の損失」から自社を守るための中核的な仕組みです。ただし、条項を置いただけで安心できるものではなく、DDの結果と連動させ、補償を実際に回収できる設計にしておくことが欠かせません。締結前に、次の点を社内で確認しておくことをおすすめします。
中小企業のM&Aは、事業承継や成長戦略の手段として今後も増加が見込まれます。一方で、契約書のわずかな文言の違いが、買収後に数千万円単位の損失の分かれ目となることも少なくありません。御社が買い手として案件を検討されている段階で、契約書案やDDの範囲について専門家の意見を得ておくことが、結果として最も費用対効果の高いリスク対策となります。具体的な案件についてのご相談は、無料相談のお問い合わせからお気軽にご連絡ください。