Column
2026/09/07
M&A・事業承継
中小企業のM&Aでは、買収後に判明する簿外債務や契約不備が「表明保証違反」として多額の賠償請求トラブルに発展するケースが増えています。本記事では買収企業側が契約書作成時に押さえるべき実務上のチェックポイントを整理して解説します。
中小企業のM&Aでは、上場企業同士の大型M&Aと異なり、対象会社の財務・法務体制が十分に整備されていないケースが少なくありません。専任の法務担当者がおらず、顧問税理士が中心となって決算処理を行っている企業も多いため、決算書に表れない簿外債務、未払残業代、係属中の紛争、許認可の不備などが、クロージング後になって初めて発覚することも珍しくないのです。
こうしたリスクから買収企業を守る役割を果たすのが「表明保証条項」です。売主が対象会社の財務状況や法的地位について一定の事実を「表明」し、その内容が真実かつ正確であることを「保証」する条項で、事後的にリスクが発覚した際の損害賠償請求の根拠となります。表明保証条項がなければ、買収後に問題が見つかっても、契約不適合責任の範囲や錯誤取消しの要件を満たすかどうかを個別に立証しなければならず、救済のハードルは格段に上がります。
御社がM&Aによる事業拡大や、後継者不在企業の譲受(第三者承継)を検討している場合、この条項の設計次第で買収後のリスク負担が大きく変わります。とりわけ譲渡価格が数千万円〜数億円規模の中小M&Aでは、表明保証条項の巧拙がそのまま買収の成否を左右すると言っても過言ではありません。
実際に中小M&Aの現場では、「決算書は黒字だったのに、買収後に取引先への未払金が発覚した」「引き継いだ従業員から、数年分の未払残業代を請求された」といったトラブルが後を絶ちません。譲渡企業の経営者に悪意がなくとも、労務管理や経理処理が属人的な体制のまま長年運用されてきた結果、問題が表面化していないだけというケースも多いのです。買収企業側としては、こうした「見えないリスク」をあらかじめ契約書上で手当てしておく発想が欠かせません。
表明保証条項は、一般的に株式譲渡契約書や事業譲渡契約書の中に独立した章として設けられます。主な記載事項は次のとおりです。
これらの表明保証は、対象会社の規模や業種によって過不足なくカスタマイズする必要があります。インターネット上のひな形をそのまま流用すると、対象会社特有のリスク(例えば建設業における許認可の承継要件、飲食業の食品衛生関連法令、製造業のPL(製造物責任)リスクなど)を見落とすおそれがあるため注意が必要です。自社の業種にとって本当に重要なリスク事項が過不足なく盛り込まれているかを、事業内容に照らして個別に検討する姿勢が欠かせません。
また、表明保証条項は「表明保証を行う主体」の設定にも注意が必要です。株式譲渡の場合、対象会社自身に加えて、株主である売主個人にも表明保証をさせるのが一般的です。対象会社だけに表明保証をさせる形にしてしまうと、クロージング後に対象会社の実質的な支配権が買収企業に移った時点で、買収企業が自ら自社(対象会社)を訴える形になりかねず、実効性を欠く結果となってしまいます。売主個人を表明保証の主体に含めることで、補償請求の実効性を確保できます。
クロージング後に表明保証違反が発覚した場合、買収企業は契約書に定めた補償条項に基づき、売主に対して損害賠償(補償)を請求できるのが一般的な建付けです。もっとも、実務上は次のような点が争点になりやすく、事前の条項設計が極めて重要になります。
これらの条件が曖昧なまま契約を締結すると、いざ違反が発覚しても「請求できると思っていたのに契約書上は対象外だった」「請求期間が既に経過していた」という事態になりかねません。契約書のレビュー段階で、自社にとって不利な制限が紛れ込んでいないかを、条項ごとに丁寧に確認することが不可欠です。
なお、表明保証違反による補償請求は、あくまで契約上の権利であるため、契約書に明記のない事項については原則として請求できません。「常識的に考えれば当然カバーされるはず」という思い込みで契約書を締結してしまうと、いざという時に泣き寝入りせざるを得なくなるおそれがあります。M&Aの契約交渉では譲渡価格や役員の処遇に目が向きがちですが、表明保証・補償条項こそが買収企業の実質的な防御線であることを念頭に置いて交渉に臨む必要があります。
買収企業の担当者・経営者が契約書を確認する際は、以下の観点を意識してください。
特に中小M&Aでは、売主である創業者が譲渡代金を受け取った後に個人資産を整理してしまい、補償請求をしても実質的に回収できないという事態が起こり得ます。エスクロー(代金の一部を一定期間第三者に預託する仕組み)の活用や、分割払いによる担保確保、代表者個人の連帯保証など、実効性のある補償スキームを契約書に組み込むことが重要です。契約書の設計に不安がある場合は、企業法務を専門とする弁護士へ相談することをおすすめします。法律事務所LeONEでは、買収企業側の実務に即した契約書チェックとリスク対応をご提案しています。
さらに、M&A後のPMI(統合プロセス)を見据えたチェックも忘れてはなりません。表明保証の内容と、クロージング後に実施する組織再編・就業規則の統一・システム統合などの計画に矛盾がないかを確認しておくことで、統合作業の途中で想定外のリスクが表面化する事態を防げます。特に労務関連の表明保証は、統合後の人事制度設計にも直結するため、法務担当者と人事担当者が連携して契約書を確認する体制が望ましいでしょう。
表明保証条項はあくまで「事後的な救済手段」であり、そもそもリスクを事前に発見・排除するデューデリジェンス(買収監査)の重要性は変わりません。財務・税務・法務の各面から対象会社を精査し、表明保証の対象事項を裏付ける資料(登記簿謄本、許認可証、労働契約書、就業規則、係争案件一覧、リース契約書など)を確認したうえで、その結果を契約書の表明保証条項に反映させる進め方が望ましいでしょう。デューデリジェンスで発見した懸念事項については、表明保証の対象から除外するのではなく、むしろ個別の補償条項(インデムニティ)として明記し、責任の所在を明確にしておくことが実務上のポイントです。
近年は、中小M&Aにおいても「表明保証保険」を活用するケースが増えています。これは、表明保証違反が発覚した際の損害を保険でカバーする商品で、売主の資力リスクをヘッジできる点や、譲渡後の関係悪化を避けつつ円滑な交渉材料になる点がメリットです。一方で、保険料や免責事項、付保対象外となる項目(既知のリスクや税務関連の一部事項など)もあるため、契約書の補償条項と保険内容を整合させる専門的な検討が必要になります。M&Aの進め方や契約書の要点について相談したい場合は、無料相談のお問い合わせから気軽にご連絡ください。
表明保証保険を利用する場合でも、保険会社は契約締結前にデューデリジェンス資料の提出を求め、保険引受の審査を行います。デューデリジェンスを簡略化してコストを抑えようとすると、かえって保険加入のハードルが上がったり、保険料が割高になったりすることもあるため、「デューデリジェンスにかける費用」と「保険料・補償条項による保護」のバランスを総合的に検討することが実務上のポイントです。譲渡規模が小さい案件であっても、最低限の財務・労務デューデリジェンスは省略しないことをおすすめします。
中小M&Aにおける表明保証条項は、買収企業が事後的に負うリスクを大きく左右する重要な契約要素です。対象会社の実態に即した表明保証の設計、補償請求の期間・上限の確認、売主の資力リスクへの対応まで、契約書の細部を丁寧に詰めることが、買収後のトラブルを防ぐ最大の防御策となります。
デューデリジェンスの結果を契約書に反映させ、必要に応じて表明保証保険も組み合わせることで、買収企業が過度なリスクを抱えることなくM&Aを進められる体制を整えられます。自社だけで契約書の妥当性を判断するのが難しい場合は、企業法務に精通した弁護士へのご相談が有効です。担当弁護士のご紹介ページでは、M&Aを含む企業法務案件に対応する弁護士の実績をご紹介しています。