Column
2026/08/03
企業法務
「うちは家族経営だから、妻を取締役にしているけれど実際の経営には関わっていない」「後継者候補の息子を、とりあえず役員登記だけしておいた」――中小企業ではこうした運用は珍しくありません。しかし、こうした「名ばかり取締役」は、会社法上れっきとした取締役であり、経営に関与していないことは責任を免れる理由にはなりません。実際に経営破綻や取引先とのトラブルが発生した際、名前を貸しただけのはずの取締役が損害賠償責任を追及される事例が後を絶ちません。今回は、中小企業経営者が見落としがちな役員体制のリスクと、その実務対応について解説します。
名ばかり取締役とは、会社の登記簿上は取締役として登録されているものの、実際には経営判断や業務執行に関与しておらず、名義だけを貸している状態の役員を指します。中小企業では、次のようなケースがよく見られます。
これらはいずれも、経営者にとって「悪意なく」行われているケースがほとんどです。しかし、会社法はこうした事情を考慮してくれません。取締役として登記された以上、法律上はフルの責任を負う立場となります。
会社法上、取締役は会社との間で委任契約の関係にあり、善良な管理者の注意をもって職務を遂行する義務(善管注意義務)と、会社のために忠実にその職務を遂行する義務(忠実義務)を負っています。この義務は、実際に経営に関与しているかどうかにかかわらず、登記された取締役全員に等しく課されます。
そのため、名ばかり取締役であっても、次のような場面で法的責任を問われる可能性があります。
裁判例では、名目的な取締役であっても、取締役会に出席せず、会社の業務執行状況を全く監視していなかったこと自体が善管注意義務違反にあたると判断されたケースが複数存在します。「実際の経営には関与していなかった」という主張は、責任を軽減する事情として考慮されることはあっても、責任そのものを免れる理由としては認められにくいのが実務上の傾向です。
名ばかり取締役であることによって現実に生じうるリスクには、次のようなものがあります。
会社が倒産し、債権者への弁済ができなくなった場合、取締役全員が会社法429条に基づき、任務懈怠と損害との間に因果関係があるとして、個人の財産をもって損害賠償責任を追及されることがあります。名目的な取締役であっても、この責任から当然に除外されるわけではありません。
未払い残業代請求やハラスメント被害の訴訟において、代表取締役だけでなく、登記上の取締役全員が被告として名指しされることがあります。特に家族経営の会社では、配偶者が形式的な取締役でありながら、実質的な人事権を持っていたと主張されるケースもあります。
事業承継やM&Aの際、デューデリジェンスの過程で「実態のない役員」の存在が発覚し、ガバナンス体制の不備として評価が下がる、あるいは交渉が難航する要因になることがあります。買い手企業は、役員構成が実態を反映していない会社に対して強い警戒感を持ちます。
実態のない役員に役員報酬を支払っている場合、税務調査において当該報酬の損金性が否認されるリスクや、社会保険の適用関係について指摘を受けるリスクもあります。
こうしたリスクを踏まえ、中小企業経営者が今から取り組むべき対応は次のとおりです。
名ばかり取締役の問題は、会社が順調に経営されている間は表面化しません。しかし、倒産、労働紛争、事業承継、M&Aといった局面になって初めて、登記上の役員構成の甘さが重大なリスクとして顕在化します。「家族だから」「昔からの付き合いだから」という理由で役員登記を放置している会社は、一度専門家を交えて役員構成を見直すことを強くお勧めします。
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