Column
2026/07/26
企業法務
2025年から2026年にかけて、米国をはじめとする主要国の関税政策は大きく揺れ動いています。特定品目への追加関税、輸出管理規制の強化、原産地規則の厳格化など、これまで比較的安定していたはずの国際取引のルールが次々と変更されている状況です。
「うちは大企業ではないから関係ない」と考えている経営者の方も少なくありませんが、実際には海外から部材を仕入れている製造業、海外に製品を輸出している企業、越境ECで商品を販売している事業者など、多くの中小企業がこうした変化の影響を直接受けています。追加関税によって仕入コストが急上昇し、想定していた利益率を維持できなくなったというご相談も増えています。
問題は、多くの企業が締結している国際取引契約書が、こうした急激な環境変化を想定していない内容のまま放置されていることです。契約締結時には合理的だった条項が、現在の国際情勢のもとでは自社にとって著しく不利な内容になっているケースも珍しくありません。本稿では、企業法務の観点から、中小企業が今すぐ見直すべき国際契約の重要ポイントを解説します。
国際売買契約には多くの場合「不可抗力(フォース・マジュール)条項」が設けられています。天災、戦争、パンデミックなどにより契約履行が不可能になった場合に、責任を免れるという条項です。
ここで経営者の方が誤解しやすいのが、「関税の引き上げも不可抗力にあたるのではないか」という点です。結論から言うと、一般的な不可抗力条項では、関税引き上げによるコスト増加は免責事由として認められにくいのが実務上の傾向です。
不可抗力とは本来「履行そのものが不可能になること」を指すのに対し、関税引き上げは「履行は可能だが、コストが増加する」という性質のものだからです。裁判例や国際仲裁の実務でも、単なるコスト増加は不可抗力として扱われないという判断が主流であり、「関税が上がったから納品しない、支払わない」という主張は通りにくいのが実情です。
関税負担の急激な変化に備えるためには、あらかじめ契約書に価格改定の仕組みを盛り込んでおくことが極めて有効です。具体的には次のような条項が考えられます。
これらの条項がない契約では、関税負担が増加しても価格に転嫁する法的根拠がなく、利益率が大きく圧迫されるリスクを負い続けることになります。特に長期契約や継続的取引基本契約を締結している企業は、優先的に見直すべきポイントといえるでしょう。
近年の関税措置は、品目や原産国によって適用の有無や税率が大きく異なる「選択的」な性質を持つことが特徴です。そのため、自社が輸出入する製品の原産地(Country of Origin)や関税分類(HSコード)を正確に把握し、取引先との間で責任の所在をあらかじめ明確にしておくことが不可欠です。
契約書においては、次のような点を確認・追記することをお勧めします。
特にサプライチェーンが複数国にまたがる場合、自社が意図せず制裁対象国や高関税対象品目の取引に関与してしまうリスクもあるため、定期的なサプライヤーのデューデリジェンスが重要になります。
関税だけでなく、安全保障を理由とした輸出管理規制、いわゆる経済安全保障関連の規制も年々強化されています。特定の技術・製品を、特定の国・地域・企業に輸出する際に許可が必要となるケースが拡大しており、規模の小さい企業であっても対象になり得ます。
契約実務としては、次のような対応が考えられます。
これらの対応を怠ると、知らないうちに規制違反に加担してしまい、行政処分や取引停止、さらには企業の社会的信用の毀損につながるおそれがあります。特に海外の取引先を通じて第三国に製品が転売されるようなケースでは、意図せぬ規制違反のリスクが高まる点にも注意が必要です。
実際に国際契約を見直す際は、以下のステップで進めることをお勧めします。
現在締結している国際取引契約をすべてリストアップし、不可抗力条項・価格改定条項・準拠法条項などの有無を一覧化して現状を把握します。
取引金額が大きい契約、関税変動の影響を受けやすい品目を扱う契約から優先的に条項の見直しに着手します。
一方的な条項変更は法的にも実務的にも困難なため、取引先との信頼関係を維持しながら、双方にとって合理的な落としどころを探る交渉が必要です。
関税・輸出規制は今後も頻繁に変更される可能性が高いため、法改正情報を継続的にウォッチする社内体制、あるいは顧問弁護士との連携体制をあらかじめ整えておくことが望ましいでしょう。
関税・輸出規制の変化がもたらす影響は、業種によって現れ方が異なります。ここでは代表的な3つのパターンを取り上げ、それぞれで特に注意すべき契約上のポイントを整理します。
海外サプライヤーから部材を仕入れて国内で製品を組み立てる製造業では、輸入時にかかる関税がそのまま原価に直結します。追加関税が発表された場合、既存の仕入契約における価格が据え置かれたままだと、企業側が一方的にコスト増を吸収せざるを得なくなります。
逆に自社製品を輸出する企業にとっては、相手国側の関税引き上げにより、現地での販売価格競争力が低下するリスクがあります。販売代理店契約やディストリビューター契約において、関税負担を誰が負うか(インコタームズの選定を含む)を明確にしておくことが重要です。
越境ECの場合、消費者が輸入関税を負担する仕組みが一般的ですが、免税枠の変更や関税率の引き上げにより購入者側の負担が増えると、カート離脱や返品トラブルが増加する傾向があります。利用規約・特定商取引法に基づく表記において、関税負担の所在や返品時の取扱いを明確に記載しておくことがトラブル防止につながります。
実際に条項を追加・改定する際、どのような文言をイメージすればよいか戸惑う経営者の方も多いのではないでしょうか。ここでは、あくまで一例として、関税変動に対応するための条項の骨子を紹介します。
「本契約締結日以降、本製品の輸入に適用される関税率が◯%以上変動した場合、いずれの当事者も相手方に対し、価格の再協議を書面で申し入れることができる。再協議の申入れがあった日から◯日以内に合意に至らない場合、申入れをした当事者は本契約の一部又は全部を解除することができる」といった内容が考えられます。
「売主及び買主は、それぞれ相手方及び本取引に関与する第三者が、日本国、米国その他関係法域の輸出関連法令に定める規制対象者(懸念国政府、制裁対象者等を含む)に該当しないことを表明し、保証する」といった条項を設けることで、規制違反のリスクを契約上でも予防できます。
もっとも、これらはあくまで一般的な文言イメージであり、実際の契約書に落とし込む際には、取引の実態や相手方の交渉力、準拠法などを踏まえたカスタマイズが不可欠です。定型文をそのまま流用すると、かえって自社に不利な解釈をされてしまう危険もあるため、専門家によるチェックを経ることをお勧めします。
「取引先との関係が良好だから」「今のところ大きな問題は起きていないから」という理由で、契約見直しを先送りにしてしまう経営者の方も少なくありません。しかし、いざ紛争が顕在化してから契約書を見返しても、既に手遅れであるケースがほとんどです。
特に、関税負担が急増したタイミングで慌てて相手方に条件変更を申し入れても、契約上の根拠がなければ交渉力は著しく弱くなります。平時のうちに契約書を整備しておくことこそが、有事における最大の防御策となります。
関税政策や輸出管理規制の変化は、もはや大企業だけの問題ではありません。海外との取引がある中小企業にとって、既存の契約書が現在の国際情勢に対応できているかを見直すことは、今後の事業継続性を左右する重要な経営課題です。
特に、不可抗力条項の見直し、価格改定条項の追加、原産地・関税分類に関する責任分担の明確化、輸出管理規制への対応は、優先的に取り組むべきポイントといえます。契約書の文言一つで、数百万円単位のコスト負担の帰趨が変わることも珍しくありません。
自社の契約書がどこまでリスクに対応できているか不安な方、具体的な契約条項の見直しを検討されている方は、ぜひLeONE法律事務所へお気軽にお問い合わせください。初回相談は無料です。国際取引に関する契約書レビューや条項ドラフティングなど、企業法務サービスの詳細はこちらからご確認いただけます。